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速習・量子力学
第零講 黒体輻射

量子力学のテキストには、大雑把に分けて、シュレーディンガー方程式から
スタートするテキストと、そうでないテキストとの二種類がある。
前者の中でも、天下り的にシュレーディンガー方程式が与えられるものは、唐突感が否めない。
一方、後者の中にはまず、古典力学では説明できない現象からスタートするものがある。例えば、

  1. 長岡・ラザフォード模型の安定性
  2. 離散的なスペクトル
  3. 光電効果
  4. 黒体輻射
  5. 二重スリットの電子の干渉
等である。ここでは、歴史的に鑑みて、「黒体輻射」或いは、「黒体放射(black body radiation)」
と呼ばれる現象からスタートする。シュレーディンガー方程式からスタートするテキスト等が、
黒体輻射への言及を避けるのは、数学的煩雑さを避けている為と推測されるが、
ここで必要な数学は、「無限等比級数の和とテイラー展開」
「ベータ関数・ガンマ関数・ゼータ関数・イータ関数 (β関数・Γ関数・ζ関数・η関数)」
の「ゼータ関数とガンマ関数の関係」程度である。




黒体輻射とは何か

19世紀末のドイツ、プロイセンにて、鉄血宰相ビスマルクは、軍備拡張について論じた演説の中で、
国家に必要なのは、「鉄(武器)」と「血(兵士)」であると説いた。その為、製鉄業が発展するわけだが、
鍛冶屋のマイスター達は、溶鉱炉を覗いただけで、その温度を測ることが出来た。
しかし、大量生産の為には、そうした職人芸ではなく、科学的な理解が必須であり、
光の強度と波長の関係に関しての学術的な研究が、大学へと持ち込まれた。現在の産学共同のようなものだろう。

ウィーンによって、熱輻射(thermal radiation)において、物体が発する光の波長と、
その時の絶対温度との積が一定であることが見出された。では、この「物体」として、
どのような物質を仮定すれば良いのだろうか。この思考実験の結果、理想的な物質として、
全ての波長の光を吸収する物質、即ち、「黒体」を仮定することが必要となる。




ウィーンの式とレイリー・ジーンズの式

光の強度と光の波長との関係を調べる為、光のエネルギー密度u
光の波長λの関数u(λ)として表した式に、
ウィーン(Wien)の式:

とレイリー・ジーンズ(Rayleigh-Jeans)の式:

がある。ここで、cは光速、kB(≒1.38×10-23)は ボルツマン定数、Tは絶対温度であり、
定数h(≒6.6×10-34)は、後に「プランク定数」と呼ばれることになる。
また、光の振動数をνとすると、光速cは、 光の波長λと光の振動数をνの積として、
cνλ
と書けるので、この関係を用いて、ウィーン(Wien)の式:

及び、レイリー・ジーンズ(Rayleigh-Jeans)の式:

は、上記の様に、光のエネルギー密度uを光の振動数νの関数u(ν)として表すこともできる。

光の波長λは、低温のとき長く、高温のとき短い。
光の振動数νは、低温のとき小さく、高温のとき大きい。
ウィーンの式は、光の波長が短い領域では、実験結果と合うが、
光の波長が長い領域では、測定データとずれてしまう( 赤外域破綻/赤外カタストロフィー)。
レイリー・ジーンズの式は、光の波長が長い領域では、実験結果と合うが、
光の波長が短い領域では、測定データとずれてしまう( 紫外域破綻/紫外カタストロフィー)。

絶対温度T 低温 高温
波長λ 長い 短い
振動数ν 小さい 大きい
ウィーン(Wien)の式 ×
赤外域破綻
(赤外カタストロフィー)
レイリー・ジーンズ(Rayleigh-Jeans)の式 ×
紫外域破綻
(紫外カタストロフィー)

ウィーンの式とレイリー・ジーンズの式についてまとめると以下のようになる。

  ウィーン(Wien)の式 レイリー・ジーンズ(Rayleigh-Jeans)の式
光の波長λの関数u(λ)
光の振動数νの関数u(ν)
低温
光の波長λが長い領域
光の振動数νが小さい領域
×
赤外域破綻
(赤外カタストロフィー)
高温
光の波長λが短い領域
光の振動数νが大きい領域
×
紫外域破綻
(紫外カタストロフィー)




プランクの式

光のエネルギー密度uを光の波長λの関数u(λ)として表したプランクの式は、

という式で表される。また、光速c、光の波長λ、光の振動数νの関係:
cνλ
を用いて、光のエネルギー密度uを光の振動数νの関数u(ν)として、

と表すこともできる。プランクの式は、ウィーンの式の分母から
1を引くことによって得られた(この様な操作を「内挿」と呼ぶ)。

プランクの式は、ウィーンの式を含んでいる。光の振動数νが大きい領域では、
ehν/kBTは、1に比べて、十分に大きいと見なせるから、

と近似することが出来て、ウィーンの式を得る。

また、プランクの式は、レイリー・ジーンズの式も含んでいる。
ウィーンの式の分母:ehν/kBTを テイラー展開(マクローリン展開)すると、

となるが、ここで、光の振動数νが小さい領域では、
ehν/kBTは、1に比べて、十分に小さいと見なせるから、
2乗以上の第3項以下は、微小量となって無視することができる。従って、

のように近似することが出来て、これをプランクの式の分母に代入すると、

となって、レイリー・ジーンズの式を得る。

ところで、プランクの式の分母は、分子分母に、 ehν/kBTを掛けると、
無限等比級数の和の形に変形できる(「無限等比級数の和とテイラー展開」も参照)。

ここで、β≡1/kBTと置くと、統計力学の
カノニカル分布(正準集団、カノニカルアンサンブル)
における分配関数Zの式と比較して、

となることから、エネルギーEnhν、即ち、
hνを基底エネルギーとして、その自然数倍という離散的な量でしか、
エネルギー形態は存在しないということを意味することになる。




シュテファン・ボルツマンの法則

光のエネルギー密度uをスペクトル全体、即ち、
光の振動数νに対して、積分すると、

となる。但し、計算途中で、「ベータ関数・ガンマ関数・ゼータ関数・イータ関数
(β関数・Γ関数・ζ関数・η関数)」
の「ゼータ関数とガンマ関数の関係」を用いた。
エネルギー密度ρと、放射強度Iとの関係式から、

となって、放射強度Iが、絶対温度Tの4乗に比例するという結果を得る。
これを「シュテファン・ボルツマンの法則」或いは、「ステファン・ボルツマンの法則」と呼ぶ。
ここで、σは、「シュテファン・ボルツマン定数」或いは、「ステファン・ボルツマン定数」と呼ばれる。
※日本語では、「シュテファン」「ステファン」等の表記揺れがある。
「ステファン」は、英語読みであり、ドイツ語の発音としては、「シュテファン」が正しい。




参考文献

  1. 「Aha! 量子力学がわかった!」(日本実業出版社、2000年)
  2. 「今日から使える量子力学」(講談社、2006年)



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