パウリ行列とクォータニオン(四元数)

物理学において、電子のスピンの挙動を示す、「パウリ行列」は、
3DCGで回転の計算に用いられる、「クォータニオン(四元数)」と関係している。
ここでは、「エルミート行列」や「ユニタリー行列」の定義や、
量子情報で用いられる量子ビットの計算に必要な、
「テンソル積」と「クロネッカー積」を導入し、
パウリ行列とクォータニオン(四元数)の対応関係を考察する。
最後に、クォータニオン(四元数)と回転行列の対応関係についても考察する。
これに関連して、回転行列を用いた、 JavaScriptによる回転座標計算機である、
rotation Calculator」のページも参照。


パウリ行列

パウリ行列は、

で表される。また、単位行列は1やEやI等で表すが、特に2行2列の場合:

をパウリ行列に含めて、

の様に表すことがある。

パウリ行列には、以下の様な性質がある。
  1. エルミート(hermite)行列である。
  2. ユニタリー(unitary)行列である。
  3. トレース(trace)、即ち、対角方向成分の総和が0
    (単位行列の場合は、2)
  4. 行列式(determinant)が-1(単位行列の場合は、1)
1. の「エルミート(hermite)行列」及び、
2. の「ユニタリー(unitary)行列」の定義は、
次の表の様になる。
実正方行列:A
転置行列:tA
複素正方行列:A
共役転置行列:A
差が0(零行列) tAA0tAA
:対称行列
AA0AA
:エルミート行列
和が0(零行列) tAA0tA=-A
:反対称行列
(歪対称行列、交代行列)
AA0A=-A
:反エルミート行列
(歪エルミート行列)
積が1(単位行列) tAA1tAA-1
:直交行列
AA1AA-1
:ユニタリー行列
さらに、エルミート行列の性質を述べると、
  1. エルミート行列は、ユニタリー変換に対し、エルミート性を保つ。
  2. 固有値が全て実数。
  3. 全ての固有ベクトルが直交する。
ここで、「ユニタリー変換」とは、ユニタリー行列を用いた変換である。
また、3. の「トレース(trace)」は、次式で表される。

同様に、4. の「行列式(determinant)」も、次式で表される。

また、パウリ行列の積は、

及び、

である。従って、

を得る。ここで、クロネッカーのデルタ:

及び、レビ・チビタの記号(3階の反対称テンソル):

を用いれば、より簡潔に、

と表すこともできる。




1量子ビット

量子コンピュータの情報の基本単位は、
「量子ビット(quantum bit)」または「キュービット」と呼ばれる。
1量子ビットは、二状態系であり、ケット記号を用いて記述されるが、
その表現は、テキストによって異なっている。
例えば、2進数のアナロジーから|0>と|1>で表現しても、
電子のスピンのアナロジーから、|↑>と|↓>で表現してもよい。
或いは、|α>と|β>で記述しているテキストも存在する。
1量子ビットは、ベクトルを用いて、

の様に表せる。

1量子ビットにパウリ行列を作用させると、

となる。結果をまとめたものが次の表である。
σx σy σz
|0> |1> i|1> |0>
|1> |0> i|0> -|1>




スカラー積・ベクトル積・テンソル積

ベクトル同士の積には、スカラー積(内積)や
ベクトル積(外積)の他にも、テンソル積がある。
ここで、テンソル積を導入するのは、
1量子ビット同士のテンソル積から、
2量子ビットを生成する為である。

x軸、y軸、z軸の各方向の単位ベクトル
(基本ベクトル)を、e1e2e3とすると、
スカラー積は、上述のクロネッカーのデルタを用いて、

と表せる。ベクトル積は、これもやはり上述の
レビ・チビタの記号(3階の反対称テンソル)を用いて、

と表せる。

これに対し、ベクトルa及び、ベクトルbが、

で与えられたとき、そのテンソル積は、

の様に定義される。また、行列A及び、行列Bが、

で与えられたとき、テンソル積の行列版である、
クロネッカー積も、同様の記号を用いて、

の様に定義される。




2量子ビット

1量子ビット同士のテンソル積を用いて、
2量子ビットを生成すると、次の様になる。

ここで、 σ1xσ1yσ1zは、
「左から1番目の量子ビットにのみ」
作用する演算子であると定義すると、
これらは、クロネッカー積を用いて、
次の様に表現することが出来る。

また、 σ2xσ2yσ2zは、
「左から2番目の量子ビットにのみ」
作用すると演算子であると定義すると、
これらも同様に、クロネッカー積を用いて、

と、表現することが出来る。

2量子ビットに、これらのパウリ行列を
作用させた結果をまとめると、次の表の様になる。
但し、ケット記号内の数字は、4進法の表記で示してある。
σ1x σ1y σ1z σ2x σ2y σ2z
|0> |2> i|2> |0> |1> i|1> |0>
|1> |3> i|3> |1> |0> i|0> -|1>
|2> |0> i|0> -|2> |3> i|3> |2>
|3> |1> i|1> -|3> |2> i|2> -|3>




クォータニオン(四元数)

複素数:zxiyは、実数部xと虚数部yを持つ、「二元数」であった。
このとき、虚数単位:iには、i2=-1という性質があった。
ここでは、これを拡張した、「四元数(quaternion)」を考える。
四元数:QwIxJyKzは、「クォータニオン」とも呼ばれる。
ここで、IJKは、「クォータニオン単位」と呼び、虚数単位:iとの区別の為、
大文字で表すことにする。また、以降は「四元数」を「クォータニオン」と呼ぶ。

クォータニオン単位:IJKには、自身を二乗すると-1になるという、
虚数単位の様な性質と、互いの積が循環的になる、基本ベクトルの外積の様な性質がある。
また、クォータニオン単位同士の積は、非可換である。掛けられる側をA
掛ける側をBとして、ABの群表を書いたものを次に示す。
A \ B 1 I J K -1 I J K
1 1 I J K -1 I J K
I I -1 K J I 1 K J
J J K -1 I J K 1 I
K K J I -1 K J I 1
-1 -1 I J K 1 I J K
I I 1 K J I -1 K J
J J K 1 I J K -1 I
K K J I 1 K J I -1

上述の関係を鑑みれば、パウリ行列とクォータニオン単位の構造が
酷似していることに気付くであろう。
各クォータニオン単位IJKは、パウリ行列を用いて、

と表現することが出来る。ここで、-i 倍ではなく、
i 倍すると、順序が逆になってしまうので、注意が必要である。
パウリ行列の積の積の関係式において、各クォータニオン単位を-i 倍すると、

となって、各クォータニオン単位間の関係:

を得る。また、パウリ行列をを用いて、クォータニオンを表すと、

となって、クォータニオンが、実数部を単位行列の実数倍、
虚数部を反エルミート行列とする、
行列の和で構成されていることが分かる。

クォータニオンを表した行列:

の固有方程式:

を解くと、二次方程式の解の公式より、その固有値λ

で表されることが分かった。ここで、

と置くと、複素数の場合と同様に扱えることが分かるだろう。
クォータニオン、或いは四元数は、超複素数系と呼ばれ、
その内部に複素数を含む、メタ的な概念である。
上述の固有値に対応する複素数Q及び、その共役複素数Q*は、

で与えられ、その絶対値を|Q|とすると、

となる。また、偏角を

とすると、

及び、

であることが分かる。ここでは、複素数Qがプラス、
その共役複素数Q*がマイナスをとることにしよう。さらにオイラーの公式により、

と表現できる。ここで、w=0を満たすものを純虚四元数と呼び、

を満たすものを単位四元数、或いは、アイデンティティ・クォータニオンと呼ぶ。
両方の条件を満たすものは、特に、単位純虚四元数と呼ぶ。




クォータニオン(四元数)と回転行列

今、線型写像:

を考える。単位四元数qとその共役四元数q*
純虚四元数vv’ 及びそれらの関係を

と定義する。この定義に従って計算した結果を確かめよう。
x軸を中心に回転する場合は、一般的にロール(roll)と呼ばれる。
y=0, z=0として、

を得る。この計算は、回転行列:

を掛けたものと等価である。
y軸を中心に回転する場合は、一般的にピッチ(pitch)と呼ばれる。
x=0, z=0として、

を得る。この計算は、回転行列:

を掛けたものと等価である。
z軸を中心に回転する場合は、一般的にヨー(yaw)と呼ばれる。
x=0, y=0として、

を得る。この計算は、回転行列:

を掛けたものと等価である。
これらの計算途中で、三角関数の2倍角の公式を用いていることからも明らかに、
計算結果は、2θの回転が行われたことを示している。
逆に言えば、x軸を中心にαy軸を中心にβz軸を中心にγ
回転させる効果を持つクォータニオンは、それぞれ、

で与えられる。勿論、これらに対応する回転行列はそれぞれ、

である。


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